癌と死についての考察

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読者さま
こんばんは、山咲凛子です。

 
ときどき頭の中に勝手に文章が湧いて来ることがあります。
それは今まで自分になかった考えで、誰がしゃべってんの?というような感覚。
読者さまにもありませんか?
私たちの中には無意識の存在があり、それは36億年前の生命の誕生からDNAを引き継いで今も%name1%さまの中にあります。
36億年前からの情報があるということは、36億年後まで予測可能であるということ。

 
私はしょっちゅう頭の中に文字列が並ぶため、ドラえもんの“ほんにゃくこんにゃく”がほしいと思うことが多々あります。
第8回を迎える「心から看る介護と認知症予防」のお話会は、こうした無意識からの知らせ(?)で生まれました。
頭の中に流れたのは3年ほど前でしたが、まだ社会の受け入れ準備ができていないと判断したため、2年待ちました。
身体を動かしているときバックグラウンドで流れることが多く、そのとき掃除機を放り出してスマホのメモに走り書きしたのでした。

 
それは私が何事にも囚われず、自分らしく在って安定したときにやって来ます。
「命の再定義」も「ナースサミット」も、こうしたプロセスで誕生しています。
そして昨日、お正月に読みたいなーと思ってAmazonで注文した一冊の本が届きました。
イエール大学で23年前から人気講義になっている「死とは何か」という本です。
で、他の仕事をしようとしているときだったので、まだ開いてなくて。

 
だけどその本を手に取り表紙のサラっとした感覚を感じた瞬間、頭の中に文章が沸き上がってきたのです。
すぐ走り書きしました。
メルマガ読者さまだけにシェアします。
長文なのでお時間あるときに。

 

 
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【癌と死についての考察】

 
悪性新生物(癌)で亡くなる人の割合がすごい速さで増している。
1980年まで心疾患や肺炎、脳血管障害が死因の上位だったが、もはや悪性新生物が全体の1/4まで増加。
光免疫療法が試されているが、まだ医療の手に負えてない。
病気と医療はいたちごっこの状態である。

 
私は「こころが病気をつくる」と啓蒙しているが、癌患者さんの前でそれを話せるか?と言われると億劫になる。
ある医者がコメンテーターとして出演したTVのエンディングで「気持ちをしっかり持ちましょう!病は気からです!」と発言したことによって、癌患者団体から1600件のクレームが寄せられたそうだ。
「病気になったのは私の気持ちのせいだと言うのか?!」と。
癌患者の病気へのエネルギーは、それほど強いのだ。

 
このエネルギーの出どころは被害者意識だと思う。
「なぜ私がこんなことに」と原因を自分以外に置いていることにある。
いや、病気は自分の中から発生するもの以外なく、癌であっても同じである。
被害者意識を持つことの方が辛いはずなのだが、これは現代医学がつくり出した“依存”という心の病だ。

 

 

 
ところが逆に、「癌なおっちゃった会」なるものがあるほど、癌を克服した人も多い。
最近は民間療法で治ったという話が珍しくない。
その方々は、おそらく考え方や生き方が変わり、大切なもの、人生の意味合いを取り戻しただろうと思う。
私が以前知り合った女性は、余命半年と宣告されたが「無治療」を選び、2年以上経った今もビールを飲みながら焼き肉を食べて大笑いしてる。

 
癌ってなんだ?!
看護学校の入学を迷っているとき、唯一相談した看護師さんは、私の卒業を待たずに乳がんで亡くなった。
父は会社の健康診断で異常が見つかり、余命一ヶ月の宣告を受けて宣告通り亡くなった。
癌になった人のエピソードはたくさんあるが、なぜ現代人はこれほどまで多くの癌患者を生み出しているのだろうか?!
わずか100年前にはなかったものを!

 

 

 
私は自己実現の講師として、物事が起こるプロセスを考える。
物事に良い・悪いはなく、ただそこに自分が学ぶべき何かがある。
その意味を見出すことが気づきであり成長であり、幸せを見出す方法。
人生の意味を教えてくれるのはプロセスである。

 
そして身体症状はコミュニケーションツールであり、自分の何かを訴えるために症状を表出する。
身体は無言の知らせを送ってくれているのだが、それに気づく人は少ない。
「病気には意図がある」と考えて看るのが看護の神髄。
現代人が多量に生み出している「癌」にも目的があると思う。

 
私たちの無意識層にはストーリーが組み込まれている。
起こる出来事が良い・悪いではなく、その両極がプロセスにあるから、人生の彩りとなり心が豊かになる。
成功者がその道のりを語るとき、たいてい「過去の苦労話」から始まるものだ。
苦労なく成功した人はおらず、その過去は今となっては輝かしく語られ、まるで宝物であるかのようだ。

 

 

 
私たちは、生まれたからには必ず死が訪れる。
命の誕生と死はワンセット。
誕生が良いわけでも、死が悪いわけでもなく、重要なのはそのプロセスにある。
ではそこにストーリーがあるとして、あなたはどちらの展開を望むだろうか?

 
1.最初は超貧乏で失意のどん底だったが、最後には華々しい生活をして昇り詰めていく人生
2.最初は裕福で何の苦労もなく満たされていたが、経験を重ねるごとに失意のどん底に堕ちていき、最悪な結末で終える人生
ほとんどの人が前者を望むだろう。
そして本来、人生はそうなるように出来ている。
誰しも幸せになるストーリーの中にいるのだ。

 
ところが、死に方によってそうならないことがある。
老衰は現代において稀なので除外するとして、大きく分けて2通りの死に方がある。
1.交通事故や事件、突然の身体症状で、不意に訪れる死。
2.余命宣告を受け、時間経過を得て至る死。

 
1と2、どちらが不幸だろうか?
これはとても考察深い。

 
1の場合、ストーリーを全うできずに終わりを迎えてしまうのだから、思い残しがあるだろうと思う。
だけど亡くなってしまうのだから、その辛さを表出できずに終える。
2の場合、死を受け入れる準備をしなければならないわけで、たいていはストーリーが未完成なので途方に暮れるだろう。
だから被害者意識を表出し続ける。

 
だけどもし、大いなる何かが意味を見出しなさいと言っているとすればどうだろうか?
『命の宣告を受けること』はある意味、人生に於ける転機だということもできる。
たとえば余命2年と言われたら、あなたはどうするだろう?
昨日と違う道を探し始めるのではないだろうか。

 

 

 
子供や愛する人に依存している人は、日々辛さを訴え、他者を頼り、悲しみに暮れる毎日を送る。
だが自分が本当にやりたいことに目を向け始めた人は、静かになる。
そして、なぜそれを?と他人が思うようなことに取り組み始めることが多い。
これは何を意味するだろう?

 
もしかすると、私たち現代人は『死の価値に気づくため』に生きる時間の宣告を受けているのではないだろうか?
死が悪なのではなく『限りあるからこそ生きることは素晴らしい』と気づくよう、人類自ら仕向けているようにさえ見えるのだが、どうだろう?
そうでなければ、わざわざ宣告を受ける必要もない。
その時が訪れるまで知らずいればいいものを、私たちは知りたがるのだ。

 
まだ30年40年命があると思うから、人は「今」をぞんざいに扱う。
過去の記憶に囚われ、将来安定・安心するためのお金や物や場所に盲目になって、「今ここ」に自分が生きていることの価値を見失ってしまう。
だから命の期限を突き付けられることによって、私たちは自問自答し、自分らしい生き方を見出すチャンスを与えられているのではないだろうか?
告知によって生き方が変わったという話はよく聞く。

 

 

 
つまり、言い過ぎかもしれないが、余命宣告を受けた人は選ばれし人。
身をもって、他者に生き方を考えさせることのできる人が、余命宣告を受けているのではないかと思うのだけれど。
だからこそ、見せるべき背中がある。
生きるとはこういうことであると、ストーリーを完成に向かわせる美しい姿を見せられる人が、選ばれし者になっているのではないだろうか?

 
ちょうど個人が自由に発信できる環境が整っている。
皆が「今ここ」を楽しみ、過去の出来事や未来に囚われなくなれば、癌はなくなるかもしれない。
病気は恐れるから悪化する。
「私はこの病気になってよかった。この病気になったから今の私がいる。」と思えた患者からは、死が遠のいていくのだ。

 
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読者さま、何度か読んで考察してくださることを望みます。
ちなみに、まだ私は本を開いてません。
このことが本に書いてあるかどうかもわからない。
お正月の楽しみにとっておきます。笑

 
あ、まだ他言無用です。

 

 

 
12/30(日)15時~
「今年をオールOK!で締めくくる」ワークショップ開催します。

今年最後のチャンス。新大阪から徒歩6分
http://wellnus.biz/archives/campaign/20181230

1/26(土)15時~
「心から看る介護と認知症予防」お話会/大阪
https://www.nursewix.com/kaigo

1/9(水)15時~
「フリーランスナースの賢い歩き方」お茶会/大阪
https://peraichi.com/landing_pages/view/freelance

同日19時~
「フリーランスナース新年会」飲み会

1/14(祝)15時~
「自分が世界の創造主」ワークショップ/大阪

2/1(金)15時~
「フリーランスナースの賢い歩き方」お茶会/東京
https://peraichi.com/landing_pages/view/freelance

同日19時~
「ナースサミット2018参加者懇親会」飲み会/東京

2/2(土)13時~
「自分が世界の創造主」ワークショップ/東京

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【看護の本質とは】

看護の本質は「関わり」である。

日常生活の援助とコミュニケーションを通して心身の問題を解き
その人なりの正道に従えるよう導くこと。

その人が正しいと思う日常生活が維持でき
健全な心と身体を取り戻す関わりが看護の本質である。

ゆえに看護師は自らの身をもって予防を実践し
実存的価値を探究し続ける存在である。

山咲凛子

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発行者
日本ナースオーブ/山咲凛子

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